安部公房

カンガルー・ノート

ある朝突然、〈かいわれ大根〉が脛に自生していた男。訪れた医院で、麻酔を打たれ意識を失くした彼は、目覚めるとベッドに括り付けられていた。硫黄温泉行 きを医者から宣告された彼を載せ、生命維持装置付きのベッドは、滑らかに動き出した…。

坑道から運河へ、賽の河原から共同病室へ―果てなき冥府巡りの末に 彼が辿り着いた先とは。急逝が惜しまれる国際的作家の最後の長編。

カンガルー・ノート (新潮文庫)
カンガルー・ノート (新潮文庫)安部 公房

新潮社 1995-01-30
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参考レビュー

死に直面した自らの境遇を客観化して文学に昇華した傑作

自らの境遇を客観化して文学に昇華した傑作。嫌でも"黄泉"を想起させる。

全て作者の入院生活を反映しているかのようである。意志疎通が出来ない医師、得体の知れない採血魔の看護婦、点滴の袋・チューブ、点滴による膀胱への刺激、鎮まらぬ性欲、自動的に動き出すベッド、そのベッドと小便袋から離れられない主人公。 主人公の脛に突然"かいわれ大根"が生えて来たと言うのが発端。生きる事の意味を考えさせる挿話。

主人公は脳震盪のため別の病院に再入院するが、そこでの安楽死と尊厳死の問題は心を寒々とさせる。雌烏賊との格闘、父が残した荒唐無稽な本、その姿のまま買い物をする主人公、支払いに困っている主人公を救う件の看護婦。やがて主人公は地獄谷に辿り付くが、そこには子鬼が居て、ここは賽の河原だと言う。

当然ながら作品には"死のイメージ"が付き纏うが、同時に死に対する反骨心も感じられ胸を打つ。自虐的な設定と言え、死の恐怖・不安を自らの筆で吹き飛ばす意図が感じられる。作者が"死"の矮小化を図っているのは明らかである。死んだ母との再会の場に再び現れる件の看護婦。"かいわれ大根"は腫瘍の象徴か ? そして、この病気を治すには硫黄泉療法が良いと医者は言う。

神出鬼没で笑わせるし、ドラキュラの話題も出る。P.フロイドの「鬱」まで言及される。そして、周辺に立ち並ぶ看板には、「六十五歳以上の自殺」、「日本尊厳死協会」、「日本安楽死クラブ」等の文字が。作者が死の床での想いを幻想とも寓話とも付かぬ形で綴った遺作。更に、看護婦の恋人で事故死をテーマにするアメリカ人の青年"キラー"も登場する。

不安。

安部公房という天才は、最後に孤独と死を自ら篭絡し、恐ろしく危険な小説へと昇華させた。この作家が常に描いてきた、実体の無い不安とでもいうべきものが、遂に最後の著作である本作に凝縮されていると思う。この小説は怖い。これが彼の生前最後の小説だというのは偶然ではない。

死の恐怖が傑作を生み出したのだろう。所謂ホラーではなく、幻想小説に近いジャンルの小説であり、明確な形を持った恐怖は描かれない。

一つの奇病を患った男の淡々とした記録だ。だが読み進める内に怖くなる。最後まで形の無い死は主人公に付きまとう。

間違いなく、傑作だ。リアルな病気・病院の描写は作家の経験を活かしているのだろう。乾いた文章と個人の心理描写の裏から、死に代表される喪失に似た、深夜一人でいる時に不意に感じる様な、孤独に満ちた恐怖が這い上がって来る。