鮎川哲也

黒いトランク

汐留駅でトランク詰めの男の腐乱死体が発見され、荷物の送り主が溺死体となって見つかり、事件は呆気なく解決したかに思われた。

だが、かつて思いを寄せた 人からの依頼で九州へ駆けつけた鬼貫の前に青ずくめの男が出没し、アリバイの鉄の壁が立ち塞がる……。作者の事実上のデビューであり、戦後本格の出発点と もなった里程標的名作!

黒いトランク (創元推理文庫)
黒いトランク (創元推理文庫)鮎川 哲也

東京創元社 2002-01-25
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参考レビュー

何と美しい文体

御大鮎川哲也のデビュー作。傑作として生き残る作品というのは本作のようにすべてにおいて流麗華麗かつ精緻なるものなのだと感心してしまった。本作を読んで感じ入るのは単にプロットが精緻にできているということでなく、一文一文の文章表現ですら精緻で、深い教養をバックグラウンドに抱えているのが良く分かることだ。

文体の美しさはまるで中島敦の『山月記』を読んでいる時のような気持ちになった。

1956年7月10日発表。そして随所に出てくる傑作の情景、たとえば石川達三の『日陰の村』や北原白秋、なんとエラリー・クイーンのライツビィルまで飛び出してきて驚き・感激である。

実際はGHQに勤務の傍ら那珂川透、薔薇小路棘麿、青井久利、中河通、宇田川蘭子などの多々なる筆名を用いつつ、1950年に『宝石』の100万円懸賞の長篇部門に『ペトロフ事件』が入選しているので正確な意味での文壇デビューとはいえないかもしれないが・・・。さすがである。

メモの用意を忘れずに

しっかりとした筋立ては読んでても飽きないし、やはり実力がなければこうは書けまい。ただ、それを抜きにしても純粋に面白いお話であることはいえる。

トランクのたどる経路やアリバイのトリックを、こつこつと紐解いていく鬼貫刑事の粘り強さに脱帽だ。で、このお話は、作中にもでてくるクロフツの「樽」を思わせる作品であることは有名な話だ。「樽」と比較して云々いうなんて野暮なことはせず、純粋にこの作品を読んで本格推理を楽しめばよいのだ。

私が読んだのはこの「創元推理文庫版」、いわゆる推敲された決定版。ただ、「光文社文庫版」との読み比べは是非やってみたいな。読んでみて実際どうだったかというと似てなくもないし何ともよくわからない。

どちらにしろこの本を読むときは、是非メモの用意をして読むことをすすめたい(笑)。ちなみに「光文社文庫版」のほうは、最初に発表されたままのものだそうだ。