長谷敏司

あなたのための物語

西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、ITPテキストで記述される仮想人格“wanna be”に小説の執筆をさせることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である“感覚の平板化”の解決に捧げようとする。いっぽう“wanna be”は徐々に、彼女のための物語を語りはじめるが…。

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)
あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)長谷 敏司

早川書房 2011-06-10
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参考レビュー

「死」をテーマにしたSFの傑作

AIや人格転送といった技術が発展し、人間の脳や人格をコンピュータ上で再現できたとしても、それは肉体を持たない以上、人間にはなりえない。再読するのが、ためらわれるような衝撃を受けた作品だった。初めて読む作家だけど、この小説は今年読んだSFの中でもベスト1に挙げてもいい。

救いのない結末だが、最後に「wanna be」と呼ばれる仮想人格との会話は切ない。迫りくる自分の死への恐怖の描写が真に迫り、読んでいても、自分の末期を想像させられ、恐ろしくなった。死に直面した研究者が人工知能と向かい合い、死とは何かを見つめていくという小説は、甘いところは一切ない、硬質で無機質なもの。

なんという物語だろう。ここまで、死と向き合うSF小説は読んだことがなかった。

彼女のための「あなたのための物語」は、この結末なくしては完結しなかったろう。SFでも、人間は将来、肉体という枠から解放され、人格転送といった形で永遠の命を得るというようなものはよくあるが、この小説は、そのアンチテーゼともいえる。

生老病死と成功への執着

東日本大震災から1年、スティーブ=ジョブスの死から半年。それとは反対に順風な人生をすごしてきた人ほど奈落に落ちるだろう。経済的自由と独立した仕事に恵まれた人間に余命半年と言い渡され死の準備にとりかかる過程を小説にしている。ドン底のような生活を体験をしてきた人は苦難を超える免疫システムが構築されているから備えが確立してそうだ。

津波や急な事故死など瞬間的な消滅とはちがい、ゆっくりと意識が感知する消滅過程を描いている。死に直面し体験する新しい恐怖と生まれてからの出来事を走馬灯のように思いだし区切りを総括しだす脳に納まる記憶がよみがえることで淋しさ、悲しさを味わうことで「生きる」意味と意義を考えさせられる。そこに欠陥と落とし穴があるみたい。地震、天災、病、事故死、自殺死など肉体が消滅するパターンを考えた。

死に向かうために何をすればいいのかを考えさせられた。「死」を人に備えさせるものは何だろう。だれもが体験することなのに、備えている人は少ない。「死」を体験するまでの過程に起きる不測な事態に備えようと思う人は少ない。

負の連鎖が止まらない自殺者3万人の日本人が「生」について考えたいことがつまった小説でした。とくに「いま」が調子いい人は考えないだろう。「死」とは、どんな状態と心境を感じながら、受けながら肉体崩壊がはじまり、脳が肉体消滅という初体験に対応し、感覚器官が衰えて働かなくなるかを疑似体験できる小説。突然くるスランプみたいな状態をへて迎える「死」。