五木寛之

青春の門(第一部)筑豊篇

誰もが1度は通りすぎる、そしてただ1度しか通ることの許されない青春の門。熱い血のたぎる筑豊の地に生を享けた伊吹信介。目覚めゆく少年の愛と性、そし て人生の希望と旅立ち……。

ひたむきな青春の遍歴を雄大な構想で描き、世代を超えて読みつがれる不滅の大河ロマン。全面的加筆による改訂新版全6巻。

青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)
五木 寛之

青春の門(第二部)自立篇(講談社文庫) 青春の門(第三部)放浪篇(講談社文庫) 青春の門(第四部)堕落篇(講談社文庫) 青春の門(第五部)望郷篇(講談社文庫) 青春の門(第六部)再起篇(講談社文庫)

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参考レビュー

読み継がれる青春小説

ちょっと取っ付きにくそう本に見えますが、内容は面白く、考えさせられるところもあり、とても良い本です。俺はどうして地元に留まるのだろう、と。

この本が名作であるということは知っていたものの、「青春」という言葉への照れ臭さからなんとなく敬遠していたのですが、大学受験が終わり、暇になったのを機会に読んでみました。作中の言葉を使えば、すべての人間は一生に一度だけ、青春の門をくぐりぬけるのです。

読んでみて、まず感じたのは後悔でした。少々古臭いところもありますが、それも魅力の一つだと思います。もっと早くにこの本を読んでいれば私の進む道は変わっていたのかもしれません。

そんな中、今なおこの小説が読み継がれているのは、「青春」というものはいつの時代も変わらないものであることを示しているのだと思います。

まだ読んだことが無いのなら、ぜひ高校時代に読んでみることをお勧めします。そんなこともあって、主人公の信介には強い親近感を持っていました。

この物語の舞台は筑豊ですが、地元が福岡の私にとって、知っている地名や建物が作中に出てくるのは嬉しいものです。この小説は50年代の話であり、私の歳からすれば、もはや歴史小説のような感じもします。

そして物語も終わりに近づき、彼が、自分の生きるべき道を見つけるために上京する場面を読んだとき、私の中ではっとするものがありました。現在の日本とは、政治、経済において大きく状況が違っています。なぜ自分は東京の大学を受験しなかったのかと。

我が思い出の一冊

始めてこの本を読んだのはもう10年以上も昔。だが、この小説の舞台となった60年代と同様に、今もまた先が見えない激動の時代。

主人公、伊吹信介のような熱く、そして不器用な生き方は、今はもう流行らない、時代遅れの物語なのかもしれない。そんな時代の青年達にこそ、この本は読んでみてほしいと思う。

自分の生き方について悩んでいた学生の頃だった。そしてその後の自分の生き方に、少なからず影響を与えたように思う。

友人に薦められたのがきっかけだったが、1週間とかからずに、当時発刊されていた第6部まで一気に読み切ったのを今でもよく覚えている。