角田光代

予定日はジミー・ペイジ

流れ星を見つけたとき、あ、できたかもと思った。初めての妊娠。でも、「私、うれしくないかもしれない」。お腹の生命も大事だけど、生活って簡単に変えら れないよ。

ひとり驚喜する夫さんちゃんを尻目に、頼りなくも愛おしい妊婦マキの奮闘が始まる。目指すは、天才ロック・ギタリストの誕生日と同じ出産予定 日!笑えて、泣けるマタニティ小説。著者描き下ろしイラスト多数収録。

予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫)予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫)
角田 光代

そういうふうにできている (新潮文庫) 彼女のこんだて帖 (講談社文庫) 月の砂漠をさばさばと (新潮文庫) 大丈夫やで 〜ばあちゃん助産師(せんせい)のお産と育児のはなし〜 しあわせのねだん (新潮文庫)

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参考レビュー

ただ代用のきかない存在

何といってもタイトルがいかしてる。このタイトルは、中でも秀逸でベストワンかもと私は思っている。今日読み終えたカクタミツヨさんの標題小説。彼女の作品では、音楽ネタのいつものカッコよさに脱帽だ。「それが私とこの人の、代用のきかない関係というものではないか。

父親が病気で弱っていき、もうじき死ぬと理解した時、好きになるべきじゃないか、好きだと父親に言うなら今だと考え続けた上で、嫌いなままでいようと決心する。

娘の態度に、もうろうとする意識の中でこの父親はどんなにやるせない辛さを感じたであろう。この小説が「産まれ」た経緯がとても面白い。

私たちがいまここにいるには、「いくつものストーリーがあり、いくつもの悩みと笑いが、いくつもの迷いと決定が、つまっていたのだろう」と思い描いたようだ。小説の中ではほんの一部のエピソードのこの部分にガツンとやられた。

カクタさんは、これを書く作業をしながら、「母の、祖母の、友人の、ありとあらゆる母親たちの、それぞれの出産を思い描いた」そうだ。

子どもがまさに産まれようとするまでの短編小説を新聞に書いたら、突然出産祝が届きはじめた騒動をきっかけに、誤解を「産んだ」その話の終わりに至る経緯を遡って小説を書くことになったという。

私たち一人ひとりはちっぽけな存在だが、考えてみれば膨大な出来事が無数の線で繋がってたどり着いた奇跡的な存在でもある。人と向き合うということは、何のごまかしもきかない、一般的な話でもなく、道徳的なものでもない、ただ代用のきかない存在であるだけなのかと感じいったのである。

主人公である妊婦の父親への想い。そして父親はいなくなってしまい、妊婦は最後まで父親を嫌いだった自分に苦しむことになるが、それでもなお、私が父親といたという確固たる証拠なんだからと、一人かたくなに思い続けている。」 なんとも残酷な話である。

「嫌いだった」と言う。何気ない妊婦さんの物語であるが、10月21日 たてこもり続行中、、、このくだりの部分が非常に強い印象だった。

フィクションでしたかー

あとがきでフィクションです、と宣言されて、何かホッとしました。事実ではないけど、真実が書かれているから、読者も錯覚するんだと思います。

キレイゴトを一刀両断するし、ウダウダ文句言ってみっともない自分をさらけだすし。小説でしたか。読者から出産祝いが届いたというエピソードにも納得しました。

父との確執とか、昔の恋人とか、禁断の心情が吐露されているので、途中まで事実と思って読んだ私は、オロオロするくらい引き込まれました。いや、だってリアルに角田さんっぽかったんで。

「マタニティー日記」という紹介文で、てっきりエッセイのたぐいだと思ってしまいました。ラストの境地は、さんざん迷いがあったからこその純粋さです。