笠井潔

バイバイ、エンジェル

ヴィクトル・ユゴー街のアパルトマンの広間で、血の池の中央に外出用の服を着け、うつぶせに横たわっていた女の死体は、あるべき場所に首がなかった。こう して幕を開けたラルース家を巡る連続殺人事件。

司法警察の警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人矢吹駆とともに事件の謎を追う。ヴァン・ダインを彷彿とさせる重厚な本格推理の傑作、いよいよ登場。

バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)
笠井 潔

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参考レビュー

ナディアとカケルの因縁

苦い話だと思う。なにより残酷なのは、矢吹駆を事件にかかわらせることで、ある意味最悪の結末を導いてしまったのが、ほかならぬナディア自身であるという事でしょう。

しかし物語の裏と表が合流するとき、彼女もまた、少女ではいられなくなるのです。

一方、裏でそのような物語が展開されているとも知らず、表の主人公と言うべきナディア・モガールは、無邪気な探偵ごっこに熱を上げたり、新しい恋人に夢中になったり、スキー行ったりパーティー行ったりと、青春を満喫していました。

そして、現象学的に誰よりも大衆であろうとする矢吹駆。

大衆への強い嫌悪から革命家をこころざす者。彼女は、自分の目に映るだけの世界に、満足できなかったのです。

双子のような存在の両者は、出会い、すれちがい、やがて永遠の別れを迎える運命です。女の子探偵がこっぴどくしてやられるという構図は、アンチ赤川次郎のようにも思えました。

憑きものの考察

カケルは、殺人という行為は、生物的な殺人と観念的な殺人に大別される、とする。前者は、自己保存本能に駆られて犯す、巷にありふれた殺人である。矢吹駆(やぶきかける)という青年主人公が素晴らしい。

この本は、当時の作者の思惑を越えて、現在の観念の考察にも大きな示唆を与えてくれる。だが、現在、観念という言葉によって多くの人の脳裡に浮かぶのは、世界の様々な原理主義、あるいは、カルト的な宗教だろう。

彼に憑き、彼を操っているものこそ真の犯人なのですこの本の全体が、観念の殺人の解明を目指して書かれたものだとも言える。これに憑かれて行われる殺人は、人間を生きた道具に使って、なにか人間以外のものが犯す殺人です。

一見、少年漫画に出てくるニヒルでハンサムなハードボイルドの探偵を髣髴とさせる。観念的な殺人について、観念を悪魔に譬えて、カケルは次のように言う。

マーラーの大地の歌の口笛を響かせながら、彼は、パリの街を歩む。執筆当時の作者の念頭に置かれたのは、政治的な党派性であった。観念の持つ自己運動性について、些かなりとも懸念を覚えている人にとっては一読の価値がある。

つまり、犯人は、彼ではない。それが、読み進むにつれ、そのイメージが修行中の行者とも、哲学者ともとれるもののように変貌し、更には常軌を逸した審判者のごとき顔さえ見せる。

ミステリーとして間違いなく、高い水準にある作品である。事件に対する哲学的考察のただなかに、悪魔が相貌を現す。ミステリーの側面からいえば、ナディアという魅力的な語り手によって導かれていく推理劇である。

また、ウルトラ化したエコロジー運動もその一つに違いない。