熊谷達也

邂逅の森

秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟 への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。

失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。

邂逅の森 (文春文庫)邂逅の森 (文春文庫)
熊谷 達也

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参考レビュー

生き物臭さに満ちた本

この物語には「生き物臭さ」が充満しています。それは「生きる」ということ。その筆力は見事というほかありません。そしてもう一つは、登場人物たちの人間臭さ。

彼らは獣同様、生きる事に必死。物語のクライマックス、己の生き方を山の神に問うた主人公には、壮絶なドラマが待ち受けます。

主人公だけでなく、物語に登場する人物たちはみな、決して品行方正な心の持ち主ではないし、大きな偉業を成し遂げるわけでも、人が羨むような幸せを手にするわけでもありません。

一つは、熊、アオシン(鹿)といった動物たちの生命力、言ってみれば獣臭です。むしろ、嫉妬や欲望、保身にかられて道を踏み外し、世間的な幸せとはほど遠いところで生きています。

ただ、その生き様が何とも人間臭く、生命力に満ちているんです。その答えの残酷さと気高さ。

決して器用ではないし、華麗でもないのですが、そのひたむきさは読む者の心を強く打ちます。圧倒的な自然の力の前に、人や獣に与えられた、たった一つの使命が厳然なまでにあぶり出されます。もし読むなら文庫版を強くお勧めします。

田辺聖子の解説もまたすばらしいので。狩りのシーンをはじめ、自然の描写がとにかく臨場感たっぷりで、読む者を一瞬にして雪深き山奥へと連れ去ってくれます。

動物モノというだけでなく、美しい愛の物語

物語は、マタギを生業とする主人公の青年期から壮年期にかけての生活を描いたものだが、基本的には、青年期に愛した女性、そして後に結婚をして娘をもうけた妻との間のラブストーリーだ。

こういう小説と出会うことがあるから、小説を読み続けることを止められない。

東北の深い森の中のクマとの戦いを描いた動物モノ、自然モノではあるが、この題名の『邂逅』というのは獲物であるクマなどの自然動物と出合うということではなく、その動物の向こうにいる山の神というものだけではなく、その二人の女性、さらには、主人公自身との出会いを意味するのであろう。

今まで、なぜ自分がこの作品を読まなかったのか、不思議な気がする。

直木賞と山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品。ということだが、そんな肩書を抜きにしても、読むべき小説。

クマを狩る部分の描写の素晴らしさはもちろんだが、二人の女性との関係、そして主人公自身の内面の葛藤など、自然に対する人間の奥深さを見事に描いていると思う。物語の素晴らしさを満喫できた。