向田邦子

あ・うん

つましい月給暮らしの水田仙吉と軍需景気で羽振りのいい中小企業の社長門倉修造との間の友情は、まるで神社の鳥居に並んだ一対の狛犬あ、うんのように親密 なものであった。

太平洋戦争をひかえた世相を背景に男の熱い友情と親友の妻への密かな思慕が織りなす市井の家族の情景を鮮やかに描いた著者唯一の長篇小 説。

あ・うん (文春文庫)あ・うん (文春文庫)
向田 邦子

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参考レビュー

言われて初めて気がつく身近な世界

とっかえひっかえ、当たり障りのない人間関係が横行する現代社会では、これから先、本書を理解する感性が希薄していくように思う。それがとても怖い。この小説版を読んだ記憶は、口を開いている狛犬と閉じている狛犬を確認させてくれる。

言葉が通じないのと一緒なんだから。それはこの世界を理解できた時点で証明される。その二つは特別な人にあるものではなく、限りなく普通の人が持っているもので、それに気づいているかどうかだけの違いのような気がする。

改めて作家の本質は、感受性と表現力だと思った。普段意識していない自分のちょっとした仕草がどれだけ周りに影響しているのか改めて考えてしまう。

神社へお参りに行く度にこの本を思い出す。テレビドラマで、布団に横になったたみを挟み、向かい合って座る門倉と仙吉の姿。と、書きつつ、私自身未だ気づいているようで気づいていない一人なのが淋しい。

固定された制度と固定されない心理

どんどんきな臭い方に向かっていく世相は背景に押し込め、むしろ、当時の「普通の人々」の風俗や生活、感情の機微をきめ細かく描いていく。脚本家としても第一線で活躍していたこの著者らしい文章だと思う。

一緒に飲みに行けば、門倉が奢るほうで仙吉が奢られるほう。仙吉は薬品会社に勤めるいわゆるサラリーマンだが、門倉は、軍需産業の会社を経営している。

経済的な甲斐性の差以外にも、風采的にも「門倉が花、仙吉が葉」と本文に書かれるほどの差がある。現代ならすぐに不倫だ浮気だ、という騒ぎになりそうな設定でありながら、大小様々な、いかにもホームドラマ的な事件!を通過しながらも、結局、仙吉夫妻と門倉の関係は、微妙な緊張を孕みながらも最後まで変わらない。

でも、その制約というか「結局は変わらない」という前提を受け入れた上で、中年夫婦と友人の、水面下での心理的な揺らぎを想像しつつ読むと、かなり、おいしい。

内容は、戦前を舞台に、ある一家と、その一家の主・仙吉、仙吉の親友である、門倉との奇妙な関係を書いた長編……というより、連作短編か。そして、門倉は仙吉の細君のたみに惚れていて、仙吉の一家の者もそのことに気づきながら、知らぬふりを決め込んでいる。このあたり、舞台となる時代ゆえ、というべきか。

実は、向田邦子はこれが初読。でも、そんなことはどうでもいい。