村上春樹

海辺のカフカ (上)

「君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年になる」―15歳の誕生日がやってきたとき、僕は家を出て遠くの知らない街に行き、小さな図書館の片隅で暮らすようになった。家を出るときに父の書斎から持ちだしたのは、現金だけじゃない。古いライター、折り畳み式のナイフ、ポケット・ライト、濃いスカイブルーのレヴォのサングラス。小さいころの姉と僕が二人並んでうつった写真…。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
村上 春樹

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参考レビュー

万人受けではない

コケると最後までたどり着けない。村上春樹の世界観を「分からない」と思える感覚はある意味で正常だと思う。物語の主人公カフカくんの自己制御力は15歳という年齢設定からすれば異常とも思えるほどだが、清潔を保つ習慣や体作りを怠らないこと、栄養バランスの取れた美しい食べ物を好み、孤独を孤独と思わず、クラシック音楽や古い文学作品を愛する教養などは、どれも作者・村上春樹氏の美意識に適っていることばかりである。

恐らく春樹読者の半数くらいはあんまり面白いとは思っていないのではないだろうか。ハマればのめりこむのは必須だが。村上春樹をよく読みこんでいる人の間でさえ、本作は毀誉褒貶が定まらない。

村上春樹がいくらノーベル賞候補の聞こえの高い人気作家であっても、彼に引きずられて孤独を自覚する人が増えるよりは、素直に「分かりません、好きじゃありません」と言える人が増えたほうが健全である。逆に正反対ともいえる星野青年の造詣こそが、作者のプロとしての力の現れとも思える。本作は村上作品の中でも特殊な文体で進行するし(カフカくんの章)、ナカタさんの章は童話的にほのぼのしていてホッとするからって油断して読み進んで行くととんでもない場面に出くわすのだ。

本屋さんで平積みしている人気作家の作品だからって、万人受けするとは限らない。この暗さ、救いの見えないやりきれなさ、痛みを万人が意識し出し肯定するような世界は異常である。だから春樹デビューをしたい人は、まず図書館などで借りて下読みしてから注文されることをお勧めする。

この世界で生きくために

何が起きるかわからない現代社会というのは未知の世界だ。彼はわけのわからぬままタナカさんについていき彼を手助けする。一見したら行き当たりばったり彼の態度はしかし、何が起こるかわからない状況かにおいても、自分の持ってる力、できることを模索した上でその都度適切な行動をとろう、いやとれるんだ、という静かなながら力強い心がまえがある。そんな不明瞭な世界において持ち合わせの能力で適切に振る舞うために、常に世界に向けて開かれているべきこと。

著者がどう設定したかはさておき、彼の姿は僕たちの投影のように思える。そんなことは誰も見ていない、これをしたからといって賞賛する人もいない、そんな仕事を彼は、彼以外にする人はいないのだからというマインドの元で、やってのける。そういった意味において、星野さんという存在は我々自身の姿と捉えることもできる。そして、誰も褒めてはくれない、でも自分がやるしかない仕事に対して平然と真摯に対処すること。

最終的に彼はナカタさん亡きあと大きな闇、呪いを葬り去るという大仕事をやってのける。彼は歳の割りに大人びすぎてもなければイワシや昼を空から降らせることもない。様々な人物たちが登場するこの物語の中でもっとも読者に近い存在なのは、星野さんだろう。星野さんの話で僕が選びとることのできる示唆は二つだ。

彼の非論理性いかんに関わらず星野さんはとりあえず行動してみよう、という態度を随所にとる。父なるものが存在しない世界において彼は自分の心が振るうものにとりあえずついていくという態勢をとる。こういったことがこの世界に溢れている呪いに対抗するささやかながら、しかし確かな力を持った手段なのではないだろうか。