村上龍

69 sixty nine

1969年。安田講堂事件が起き、東大は入試中止。アポロが月に行き、ビートルズが「アビーロード」を、ローリング・ストーンズは「ホンキー・トンク・ウ イメン」をリリースした。

ベトナム反戦運動が高まり、基地の町・佐世保で、僕は高校をバリケード封鎖した―。明るく楽しく生きる青春のエネルギーに満ちた 日々を描いた永遠の古典。

69 sixty nine (文春文庫)69 sixty nine (文春文庫)
村上 龍

はじめての夜 二度目の夜 最後の夜 (集英社文庫) 新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫) 走れ,タカハシ! (講談社文庫) 新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫) イン ザ・ミソスープ (幻冬舎文庫)

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参考レビュー

とても楽しくてそして泣ける、残酷で永遠の青春小説

村上氏も当時の友人から、「面白おかしく書いてもらったからいいが、深刻に書かれたらとてもやりきれない時代だった」という意味のことを直接言われたという。

本書は青春が終わった著者が青春期を振り返る自伝的小説である。村上龍の「69」を25年ぶり(!)に読み返してみた。

私は80年代後半には自分の中にまだ残されていたその精神を25年ぶりにこの作品で確認するとともに、酷い管理教育を共有したかつての仲間たち、もはや音信不通のバンド仲間や文学仲間を思い出し、とても涙なしで冷静には読めなかった。

そして、同じく青春期が完全に過去のものとなった自分が今、読み返してみると、その青春の苦悩、痛みや切なさを笑い話として振り返って突破しようとする著者のパワーに圧倒されると共に、60年代後半に生きていた精神に対する著者の全面的な信仰、自由を求めて社会の家畜となることを拒否する精神にたいする絶対的信仰を見出すことができた。

当時は物語として単純にとても楽しく、本書の主人公と同じく管理教育に反発する中学高校生の自分は大変共感したものだった。

絶対的に楽しく生きること、権力から逃れ続けること、自分を自分であらしめ続けることを教えてくれた永遠の青春小説と言っても過言ではないだろう。それは現代において若者にほとんど見られない精神であり、絶えて久しい感覚だといえるだろう。

そして何も知らなかった少年の自分はローリングストーンズからランボーに至るまで、またヒッピーカルチャーを知るきっかけともなったのだが、今読み返してみると、涙なしでは読めないものを感じる自分を発見したのだった。

青春期は常にギリギリの精神状態の時代であり、決して振り返ってみて楽しいものとは言い切れない。この作品は60年代世代ではない自分にとっても原点の作品であり、そしてとても楽しい作品である。

青春文学の金字塔

若い頃の笑い話を聞かされて、こちらまで笑わされてしまう。全共闘や学園紛争など、混乱していた60年代末期の予備知識ゼロでも読めて、なお楽しい。

しかし村上の作品群のなかで、この作品ほど笑わせてくれるエネルギーに満ちた爽快な作品は他には見当たらない。数多ある村上龍の作品のなかで、自伝的小説という特異な位置を占める作品だからだ。

主人公アダマをはじめとする登場人物の会話の遣り取りが、本人たちは真剣なのだが、ドタバタ喜劇のように明るく軽妙で毒気がない。そんな小説はあまり見当たらない。

軽い気持ちで読んでほしい。村上龍の最高傑作と言ったら語弊があるかもしれない。詳しくは書かないが、爆笑すること請け合いだ。

もう若くはない人も、あまり楽しかったとは言えない青春を送った人も、読むことであの甘酸っぱい青春を追体験できる。この作品のハイライトはバリケード封鎖だろう。こんな楽しい小説を書けるということを、僕は羨ましく思う。