中島敦

李陵・山月記

前漢の武帝の時代。侵略をくりかえす匈奴を討つために北辺の地へ向かった李陵であったが、やむなく捕虜となってしまう。そしてその李陵を弁護した歴史家・司馬遷は、宮刑に処され──。

時代の波に翻弄される男たちの姿を描き、“人間の真の美しさ”を問う「李陵」、己の自尊心のために虎の姿になってしまった詩人・李徴の苦悩を綴った「山月記」など、漢籍に材を採った作品全七篇を収録。

李陵・山月記 (新潮文庫)李陵・山月記 (新潮文庫)
中島 敦

檸檬 (280円文庫) 悲しき玩具 (280円文庫) 地獄変 (ハルキ文庫 あ 19-2 280円文庫) 桜桃 (280円文庫) 蜘蛛の糸 (280円文庫)

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参考レビュー

漢文調・幽幻な世界

芸極まらなかったか、詩人が、怨念の虎に変化してしまう話など面白かったです。漢文書き下し文調で、読みにくいことこの上ないのですか、読めないことはなく、ちょっと我慢すると、幽玄な世界が展開します。

また、弓の達人が、修行の末、矢を射ずとも鳥を落とし、最後には、弓をひかずに、老境を過ごすなどの話も面白く、珠玉の短編集といった感じです。

中国古典を題材にとり、漢文調で、格調高いですが、とても面白いです。中国古典の老成し、成熟した世界を味わえると思います。

中島敦の短編集です。巻末には、大量の丁寧な注釈がついているので、一応最初に目を通してから読むと読み易いと思います。

漢文調の硬質な美文に隠された高度な文学的手法

人としての道を外れてしまったので、虎に変身しまったと言う教訓めいた点が教科書に採用されている理由であろう。夭逝した作者の作品としては唯一人口に膾炙したものだが、それも中高の教科書に載っているためであろう。

子路の死体と食膳の"ししびしお"、予兆と顕現のやはり二重の「照応」の手法である。当時の教師は「山月記」の文章の格調の高さを褒め、太宰のファンだった当時の私は少し傷ついた思い出がある。

文字通り、「詩」と言う文字に取り憑かれ、更に「狐憑」によって虎に変身させられると言う二重構造を硬質な美文で表現している。

さて、「山月記」である。だが、本編は「文字禍」と「狐憑」と言うテーマを巧みに表現したものである。生一本な性格の子路は孔子の教えに理解し難いものを感じるが、孔子の人格・魅力に引かれ放浪の旅を続ける。

孔子はそんな子路に対し、「尋常な死に方はしないであろう」と予言する。高校の時の国語の教科書に並んで載っていたのだ。

内容は中国の故事を基にしたもの(高校生当時は知らなかったが、オリジナル性は怪しいとは思っていた)で、才能はあるが、狷介で自尊心が高過ぎる李徴と言う男が、詩人を目指すが、志ならず発狂し、虎に変身してしまうと言う話である。

漢文調の簡潔な文体で事実を淡々と記述しているように見えて、文学的手法を駆使した完成度の高い作品集。そして子路は、任地での政変に巻き込まれ、アジテーションに失敗し、惨殺される。

これを聞いた孔子は「以後、"ししびしお"を食膳に載せなかった」と言う。

「弟子」は孔子の弟子の子路を主人公とした隠れた名作。膾のように切り裂かれ、"ししびしお"にされる。これを緊張感溢れる筆致で描いている。「山月記」と言うと太宰の「富嶽百景」を思い出す。