西村賢太

二度はゆけぬ町の地図

中卒で家を出て以来、住み処を転々とし、日当仕事で糊口を凌いでいた17歳の北町貫多に一条の光が射した。夢想の日々と決別し、正式に女性とつきあうこと になったのだ。

人並みの男女交際をなし得るため、労働意欲に火のついた貫多は、月払いの酒屋の仕事に就く。だが、やがて貫多は店主の好意に反し前借り、遅 刻、無断欠勤におよび…。夢想と買淫、逆恨みと後悔の青春の日々を描く私小説集。

二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)
西村 賢太

人もいない春 (角川文庫) 暗渠の宿 (新潮文庫) 小銭をかぞえる (文春文庫) どうで死ぬ身の一踊り (新潮文庫) 廃疾かかえて (新潮文庫)

by G-Tools

参考レビュー

西村流平成ピカレスク・ロマン

タイトルは、そんな悪名を垂れ流したため、元の町へは舞い戻れない身を、諷してのもの。

それにしても、その澱みなく流れる手練な語り口を、著者はどうやって手に入れたのだろうか?

少年時代に親しんだ、横溝正史のホラー小説などの影響か?或いは、青年期に親しんだ明治から、大正、昭和へかけての私小説作家の作品の影響か?はたまた、著者がまだ詳述していない両親の言葉使いの影響か?

想像するに、地の文の語り口は横溝の、漢語や古い言い回しは私小説作家の、そして女を追い詰める難詰の言葉は恐らく両親譲りのものなのではないか?

そろそろ、この切れ味鋭い語り口を武器に、真正フィクション作家登壇の名乗りを上げるべく、本物のピカレスク小説をものしてもらいたいと思うのは、満更私一人ではあるまいと思う次第である。

折角見つけた酒屋のバイトも、給料の前借りをせびる等して店主の心象を害し、ついに首切りを余儀なくされるに至り(「貧婁の沼」)、バイト先の居酒屋で同僚とのイザコザ絡みで駆けつけた警察官を殴ったカドで豚箱入りとあいなったり(「春は青いバスに乗って」)、かつて家賃をさんざ滞納した挙句、請求を迫る老家主に逆切れしてバイト先までの電車賃までセビッたことを暴露した職場の同僚を殴り、折角見つけたその働き口も後にせざるを得なくなってしまったり(「潰走」)、ホテルに呼んだその手の女の強烈な腋臭に悩まされ、若き日に共同風呂で経験した赤の他人の腋臭に閉口した顛末を思い出し、恋人も居ない自らの惨めな境遇をしみじみと嘆いたりと(「腋臭風呂」)、相変わらずの見事な西村流平成ピカレスク・ロマンを展開する。

著者青年期の、社会との軋轢を経験し始めた頃を描いた作品集。

ただひたすらに面白い

「あの話がここで繋がって、この話があそこで詳しく書かれているわけか」といったような、読んでいて、なんだかパズルを解いていくような感覚。

この「二度はゆけぬ町の地図」も短編が4作収録されているが、これらは初めから“連作”として書かれたかのよう趣を感じさせる。

西村賢太氏の小説にはまり、立て続けに作品を読んでいる。

西村氏の書く小説は私小説なので、必然的に主人公は同一人物ということになり、だから、すべての作品はつながっている。ただ、ひたすらに面白い。

一つ一つは短編から中編にかけての作品が多いのだが、実はそれらはすべて丸まる一編の超長編ともいえるだろう。