新田次郎

孤高の人〈下〉

いかなる場合でも脱出路を計算に入れた周到な計画のもとに単独行動する文太郎が初めてパーティを組んだのは昭和11年の厳冬であった。

家庭をもって山行き をやめようとしていた彼は友人の願いを入れるが、無謀な計画にひきずられ、吹雪の北鎌尾根に消息を断つ。日本登山界に不滅の足跡を遺した文太郎の生涯を通じ“なぜ山に登るのか”の問いに鋭く迫った山岳小説屈指の力作である。

孤高の人〈上〉 (新潮文庫)孤高の人〈上〉 (新潮文庫)
新田 次郎

孤高の人〈下〉 (新潮文庫) 神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫) 神々の山嶺〈下〉 (集英社文庫) 氷壁 (新潮文庫) 新編 単独行 (ヤマケイ文庫)

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参考レビュー

文太郎がたどりついた彼の気持ち。

主人公・加藤文太郎は、単独で登山を行う時は、登山前には体も荷物も万全を期して用意し、登山中も絶えず天候に気を配り、自然に逆らわず無理せず自分の限界を認め、休む時はしっかり食事をとって寝るなど、登山の成功のための徹底した自己管理を行い、成し遂げてきた。

そこに、宮村が、冬の北鎌尾根に挑戦するので一緒に来てほしい、と加藤に話を持ってきた。その結果は悲劇を生んだ。

加藤は、何度も断ろうとしていたが、心では山に行って自分を見つけたい気持ちがあるため、結局は行ってしまったのではないかと思う。ただ、この遭難によって、文太郎がたどりついた彼の本当の気持ちに、感動をおぼえてならない。

彼は、冬の過酷な山中にて、まさに死を目前に、家があり家族があることの素晴らしさに気づいたのだ、と信じている。

文太郎は、彼の家族との幸せな人生が彼を待っている、と思っていたようだが、実は、本当にそんな人生が待っているのかと自問自答していたのではないか?

そこで、今後の人生についても、山に行けば何かわかるのではと、無意識で感じていたのではなかろうか?事実、これまで彼は山を登ることで気づいたことが、その後の彼の進む道となってきたから。

しかし、彼の心の奥底には、「彼(加藤文太郎)はいまや山そのものの中に自分を再発見しようとしていたのである」という考えがあった。

しかし、生涯最後となってしまった登山では、宮村と、偶然出会った彼の仲間2人と共にパーティとして行動することになり、危険な冬山の自然以外にも、パーティのメンバーとの会話のやり取り、ペースなり体調なり常に気を使わねばならず、文太郎の的確な判断も他のメンバーにうまく伝わらず、結局は遭難してしまった。

文太郎は花子と結婚し、愛する我が子・登志子を授かるなど、自分が父親として自分の家族を持った後は登山をしていなかった。しかし、彼は最後に、「ゆっくり眠ることのできるわが家に帰ったのだ」と言った。もし文太郎の意見が伝わっていれば・・。

実際に一人で登るとわかる文太郎の気持ち

よく神戸の高取山にのぼるせいもあり、身近に感じる文太郎の気持ちがよくわかる。好きな人と結婚できて子供もできて人と一緒には行きたくない山に たった一度他人と登って命を落とす文太郎。

最後は涙がでた。

はからずも、人が好きなのにひとりでの山行に徹した文太郎。命をかける冬山で、他人と一緒に登山することのむずかしさ。

上巻、下巻と一気に読んでしまえた。なぜ人は山に登るのだろう? 私も一生わからないだろうと思う。