佐藤文昭

吃音センセイ-桜舞う校庭で

「病気で入院しているお母さんが、死んでしまうかもしれない……」そのショ ックで吃音になってしまった5歳の少女、京子。

言葉がうまく出てこないことか ら、いじめられてくじけそうになったのを救ってくれたのは、同級生との淡い 恋であり、大学で出会った恩師でした。やがてハンデを克服して小学校の国語 の教師となった京子は、思いがけない場所で初恋の人と再会し……。

吃音センセイ -桜舞う校庭で吃音センセイ -桜舞う校庭で
佐藤 文昭

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参考レビュー

一人でも多くの若い方に読んでもらいたい

私は、専門学校を卒業してすぐに幼稚園教諭になりました。その時は、「吃音」という言葉はしらず「どもり」と言っていました。初めて勤めた幼稚園という世界で、はじめて担任した子が「吃音」でした。

吃音の子の気持ちをもっと考えてあげていれば…読んでいて心が締め付けられる思いでした。みんな精一杯生きています。どうしたらいいのか、どのように接したら良いのかわからず、保護者の方と面談をして「見守りましょう」しか言えませんでした。

もしクラスにどもっている子がいたらバカになんかしないで、一緒に遊んでほしい。一人でも多くの吃音に悩む子のそばにいる人たちがこの本を読んでくれればと思います。小学生、中学生、高校生に読んでもらいたい。

もっと早くこの本と出合っていれば、あの子にもっと正しい言葉かけが出来たかもしれない。頑張って生きていない人なんていませんよね。吃音センセイ大変読みやすく、京子の思いがすーっと心に入ってきます。

届いた書籍はとても美しく、心和む装丁でした

作品の中でタイジが舞台で降らせた桜吹雪のように、いまも私のこころの中では桜の花が、京子の体験と私自身の色々な思い出と重なり合いながら降りそそいでいます。

こういう切ない、うるうるした読後感は壺井栄の小説「24の瞳」を読んだときや映画でみた時に感じたものと同じですね。本当はドラマでなく、映画でないとこの作品の情景や人々は描ききれないかもしれませんね。

そう思ったのは、311の東日本大震災で被災者でもない自分ではありますが、こころがすっかり折れておりました。

この出版で多くの京子と同じような境遇をたどられた人たちや取り巻く人たちの固まった心や止まったままの時を、春の雪解け水のように溶かすことができるのではないでしょうか。

この本を読んでもう一回がんばってみようという気持ちになったからです。テレビドラマ化なんてどうなんでしょうか。こうした情景を皆で共有できたらいいなあと正直思った作品です。

私自身も、京子のあの日、あの時を追体験させていただきました。あの美しい情景の日本を、人々を、こころをこれを機にとりもどしたいです。

作家の方が巻末で、多くの方に吃音で苦しまれた京子の半生を知ってもらいたい衝動にかられたと書かれていました。実話をベースにしているからか、青春小説仕立てなのか、こころが久しぶりにうるうるしています。

多くの人に知ってほしい作品ですね。本を手にした日の夜と翌日の通勤電車の中で一気に読ませていただきました。