竹本健治

匣の中の失楽

ミステリ・マニアが密室で殺された。それは仲間の一人が書こうとしていた探偵小説を先取りしたかのような事件だった…。『ドグラ・マグラ』『黒死館殺人事 件』『虚無への供物』に続く「第4の奇書」と呼ばれる本作品。

綾辻行人氏との対談、作品論集、未公開の創作ノートを収録した永久保存版。

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)匣の中の失楽 (講談社ノベルス)
竹本 健治

黒死館殺人事件 (河出文庫) 新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫) 新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫) ドグラ・マグラ (下) (角川文庫) ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

by G-Tools

参考レビュー

霧の中の迷宮への誘い

ミステリ好きによるミステリ好きのための作品といえる。私の初読は作中人物たちと同年配のときであり、連載をリアルタイムで読んだのち、幻影城刊行のハードカバーを熱病に罹ったような気分で読んだことを覚えている。

もちろん「幻影城」連載作品だから、当然であろう。さまざまな年代の人に読んでほしい作品であるが、特に作中人物たちと同年配の若者達には、ぜひ一度この迷宮に立ち入ってほしいと思う。

難解なのは本書の構成であり、どこに真実が有るのかに、読者はとまどうわけである。しかし、それを補ってあまりある先達へのチャレンジ精神という、若さだけが持ち得る熱気が満ちあふれている。

本格ミステリにチャレンジして、一応ミステリとしての形をなしている。ただし、著者の意図した真実は、作中人物と同じように霧の中を彷徨っているのである。

本書は竹本健治の処女作であり、おそらく現在のところ最高傑作であろう。ストーリーの表面上の解決がつく分、ミステリとしてのストーリーの厚みはそれほどない。

それがこのような形になった背景はもちろんあるのだろうが、それも含めて著者の意図を読み解くことが、本書の最大の面白さであろう。

「黒死館」や「虚無」を彷彿とさせるようなペダントリィが満載だが、それもけして難解なものばかりではない。講談社文庫版は何度か読み直し、その年代ごとに感じるものがある。

特に現在は、登場する若者達すべてに対して、とても暖かい目で見ることができる分、各人の心理的な動きに対する著者の配慮を楽しむことができた。

著者の目的はこの読者を迷わせるところにあり、本来ならもっときれいに着地するはずだったのであろう。

閉じ込められた迷い子たち

作中作か?と思いきや、章ごとに鏡合わせのように照り返しあう、二つの世界。

しかし、小説中の誰もそれは認識しない。そして読了後、逆様(さかしま)の月が、乳白(ミルク)色の霧が、変電所が、超えられた不連続線が、いったい何だったのか、さまざまなイメージの奔流に頭を悩ませることになるだろう。

楽しい玩具だらけの世界は、脈絡なく急にけたけたと笑い出しそうな危なげな世界。この話すべてが、不気味で滑稽な人形劇なのではないか?そんな不安を掻き立てられるが、そんな推論も、作中に登場し、次々とすべてが不安に包まれていく…。

それは、無邪気に不気味に輝く、闇の中に見つけた子供の瞳を思わせる世界。

この状況下で冷酷に続く殺人事件。

人攫いの隠形鬼、西洋甲冑の間、量子論から導く推測、すべてを覘くラプラスの悪魔、笑う西洋人形、将棋。たぶん、今読むと荒さが目に付くかもしれないけれど、非常に面白く読んだ本。