津村記久子

ミュージック・ブレス・ユー!!

オケタニアザミは「音楽について考えることは、将来について考えることよりずっと大事」な高校3年生。

髪は赤く染め、目にはメガネ、歯にはカラフルな矯正 器。数学が苦手で追試や補講の連続、進路は何一つ決まらないぐだぐだの日常を支えるのは、パンクロックだった!超低空飛行でとにかくイケてない、でも振り 返ってみればいとおしい日々。

野間文芸新人賞受賞、青春小説の新たな金字塔として絶賛された名作がついに文庫化。

ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)
津村 記久子

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫) カソウスキの行方 (講談社文庫) ポトスライムの舟 (講談社文庫) ワーカーズ・ダイジェスト (集英社文庫) とにかくうちに帰ります (新潮文庫)

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参考レビュー

独特の空気を通じて共鳴する青春小説

そもそもが人間のアタマん中、そうそうキレイに整理されとるわけでなし、この色んな感情の多重衝突状態こそがリアルなんだろう。あるのは、味気ないまでの現実だ。

高校3年生、女子にしてはのっぽでメガネ、髪を赤く染め歯列矯正のブレースをしたアザミが、メンバー間の諍いからビンタを喰らい、ぼんやりとこのバンドも終わりかー、と思いを巡らせるところから物語は始まる。

が、十代というまだそう広くない世界だからこそ生まれうる、切実でかけがえのない感情が、音楽という"空気"を通してかつて自分の中にあった(かもしれない)感覚と共鳴する、そんな特異な青春小説。

しかし、このトノムラという人間は自分より恥ずかしいかもしれない、とアザミは直感した。

散乱したリュックの中身と同様に、アザミの一種混乱した思考に引き込まれるような感覚を覚えるが、この小説全体に滲む感覚もまた、ぐるぐると説明し難いエモーションの渦巻きだ。

読後、内に残響する感覚がとても心地よく感じられた、他にあまり類を見ることのない良作。08年刊行。とは言え「私は私だ」と達観できるはずはなく、泣きたくなるような苛立ちや、どうしようもない焦燥感こそが日常だ。

それにしたってアザミはそれが「人より優れている」なんて思ったことはなく、むしろ「恥ずかしい」と感じているようだ。

他者により多くの期待をして、自分より多く裏切られてきたかもしれない、と。

デビュー作"君は永遠にそいつらより若い"ではその胸をえぐる変化球に驚いたが、本作でもまた、このタイトル/装丁から想像される凡百の「青春小説」からは大きく逸れる軌跡に意表を突かれる。

だから、というわけはないが、この物語は、とあるバンドの奇跡のような青春の一コマを描き出さないし、箱庭のように美しいノスタルジック譚を創造することもない。こんなの、なかなか書けんだろう。

タイトルから漠然とイメージされる、音楽がもたらす奇跡のような福音、そんな「小説」めいた展開は用意されていない。

彼女は自分の限界に少なからず自覚的だし、出来ることがそう多くないことにも気づいている。アザミが唯一「他人と違って」いるところ、それが音楽(主にMxPxやSUM41といったアメリカのインディー・パンク)への依存度だろう。

と同時にそこには、電車の隣に座ったおよそ頭が良さそうには見えない女子高生が、広げた足の間に頭を挟み、何やらウーウーとうなり声を挙げておるその溺れるような葛藤や、他人に理解されないもどかしさ、あるいは理解できないことの悔しさみたいな感覚が、ちょっと並でない強さで溢れている。

つまるところ、美しくショートカットされることのないアザミの思考や行動は、傍目にもごちゃごちゃとしておよそスマートじゃあないが、それがゆえに切実で、大切な感情をいくつもいくつも浮かばせる。

自分と同じように音楽へ依存している同級生のトノムラに対する、こんな記述がある。

ミュージック・ブレス・ミー

常にイヤフォンをつけ、マイナーなアメリカン・パンクを聴くアザミよ、その鎧は君をこれからもずっと励まし続けてくれるよ。だが、「普通」や「標準」なんてどこにもないように、アザミはただアザミだ。

でも自分に大切な物があるということは、とても重要なことだ。私は小説の主人公の名にあまり意味を見いださない方だが、アザミはいい。

音楽は君を祝福し続ける。音楽はずっと君を勇気づける。とげとげした葉っぱ、一人だけやけに背の高い立ち姿、遠くからでも目立つ紫の野花。アザミは、多分小学生の時にアスペルガー障害の疑いありとでも言われたのだろう。

高校生が主人公だが、高校生の親くらいの年代だとグッとくる読み応えだ。だから保証する。音楽の話なんか誰とも合わないし、バンドなんてもう絶対にメンバーと嗜好が合わない。

私はトノムラだった。津村さんのこの小説は、オチもないしカタルシスも事件もないが、夢中になって読んだ。アザミの通う高校は、周りのみんなが当たり前のように四年制大学に現役合格してしまうことから、地方の進学校らしい。