渡辺淳一

遠き落日(上)

1876年猪苗代湖の貧農の家に生まれた野口英世は、母シカから受けついだ天性の忍耐力で肉体的なハンデを乗り越え、医学への道をめざす。周囲の援助で 21歳で上京。

北里研究所を経て、横浜海港検疫所、ペスト防疫のための清国行き、同郷の山内ヨネ子への恋の破綻。やがてアメリカに渡っての研究生活。若き 無名時代の苦闘の日々―。人間野口英世の生命力あふれる半生を赤裸に描く伝記小説。吉川英治賞受賞作。

遠き落日(上) (講談社文庫)遠き落日(上) (講談社文庫)
渡辺 淳一

遠き落日(下) (講談社文庫) 花埋み (新潮文庫) 光と影 (文春文庫) 二重らせん (ブルーバックス) 長崎ロシア遊女館 (講談社文庫)

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参考レビュー

憤慨しながら読んでいるうちに、泣けてきた

高峰博士のようなニューヨーク在住の良識ある日本人たちが、野口を避けたのは当然のことだった。いい就職先が見つからず悩んでいるフリーターの青年たちに読むように薦めたい。この美点だけをとってみれば典型的な東北人である。

しかし野口が次第に追い詰められていく様子に、いつしか同情している自分に気がついた。

日本国民はこれほどでたらめな人物がお札になって、毎日その顔を見ていることを知っているのだろうか。周囲の人たちから借金しまくり、郷里の友人が無理して作ってくれた金までも遊興で使ってしまう。

読後、ほんのちょっぴり彼のことが好きになれた。しかし努力と集中力も並みはずれていた。

恩師のフレキシナー博士は野口の狂人的な仕事ぶりを評して、「何か宗教的な背景があるのだろう」と語っている。また野口は農民の出身だが、維新後間もない会津若松で学んだこともあり、おそらく会津武士道の影響を受けているのだと思う。

最初は、野口のあまりのでたらめぶりに憤慨しながら読み進めていった。これほどの人物なのだから、不遇のうちに死んでも天罰だし当然だとさえ思う。

結婚の約束で借りた留学費用さえも使い果たし、婚約者を平気で捨てる。ガーナで亡くなる少し前、研究に疲れた野口が、「おっかあ、あさりの味噌汁が食いてえ」とつぶやく場面では思わず泣いてしまった。

最初からそのつもりだったのだろう。野口は彼の人生をまっすぐに駆け抜けて、去っていったのだと思う。

それまで誰も書かなかった野口英世の真の姿

野口英世がこんな人だったとは。スポンサーとなってお金をむしり取られた人たちも、彼の魅力に取り付かれて、つい工面してしまうのだが、それはやはり、「この人は只者ではない」と思わせるオーラが出ていたからではないだろうか。

恋愛小説で有名な渡辺淳一氏であるが、本書こそ、彼の代表作と言っていいのではないかと、私は思う。驚いた。

浪費癖はともかく、野口英世の勉学に対する姿勢は、やはり尊敬せずにはいられない。

しかし、著者のあとがきにも「野口の生きた足跡をたどるうちに、私は野口にますます愛着を覚え」とあるように、偶像破壊的意図ではなく、愛情を込めて人間味豊かに描き上げているところがよい。

野口英世といえば、貧困と火傷のハンディを乗り越えて、勉学に励んだ世界的細菌学者として、小学児童が学ぶべき偉人伝シリーズには欠かせない人物である。

本書は、綿密な調査の元に、野口英世のフルスピードで駆け抜けた壮絶な生き様を描いた、伝奇小説の傑作である。しかし、その実態は、「金銭的性格破綻者」と本書で表現されているように、浪費と借金の天才であった。

本当に驚いた。もっと多くの人にぜひ読んで欲しい。

その浪費の仕方は桁外れで、渡米の為に周りからかき集めた莫大なお金を、数日の間に使いきってしまい、船に乗る費用もなくなった英世はスポンサーに泣きつき、結婚詐欺まがいのことをして再び渡航費用を得るのである。