夢枕獏

神々の山嶺(上)

カトマンドゥの裏街でカメラマン・深町は古いコダックを手に入れる。そのカメラはジョージ・マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうか、という登攀 史上最大の謎を解く可能性を秘めていた。

カメラの過去を追って、深町はその男と邂逅する。羽生丈二。伝説の孤高の単独登攀者。羽生がカトマンドゥで目指す ものは?柴田錬三郎賞に輝いた山岳小説の新たなる古典。

神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫)神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫)
夢枕 獏

神々の山嶺〈下〉 (集英社文庫) 孤高の人〈上〉 (新潮文庫) 孤高の人〈下〉 (新潮文庫) 凍 (新潮文庫) 狼は帰らず―アルピニスト・森田勝の生と死 (中公文庫)

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参考レビュー

登山をしない人にこそお薦めしたい

一読をお薦めする。優秀なエンターテイメントだ。その上、細かい点まで実に詳細に描かれており、アルパインクライミングをしたことがない僕のような読者にも雪山に身を置いているかのような仮想体験をさせてくれる。

まだ誰もやったことがない困難に立ち向かうことこそ価値あることだと羽生は言う。

ぬるま湯のような日常を避け、ストイックに岩をよじる羽生はある意味、人生をかけた表現者であると思う。これは生きる意味の本質かもしれない。

下巻、羽生の最後の挑戦を山で待ち受けた深町が、羽生とテントの中で語る。ストーリーがしっかりしているので最後まで興味を持って読み進めることができる。

そしていつのまにやら羽生に好感を持ち勝手に応援したくなってくるのである。

芸術でもスポーツでもなんの仕事でも同じ事だ。上巻では羽生丈二の過激でむき出しの生き様に共感できず、登場人物の多くも、また読者もやや引き気味、ただしそれでも、この男が何をやるのか見逃せない気持ちのまま、下巻へと続いていく。

山登りをする人にも、しない人にも、また遭難のリスクがある登山そのものを否定的に捉えている人には特にお薦めしたい。

人生の意味を見失ったり、深い悩みにとらわれたら、彼のマネは出来ないとしても、いっとき俗世間のすべてを忘れて低山でも登ってみるといいかもしれない。

この会話でかつて死なせてしまったザイルパートナーの岸の件やら、なぜ冬季の鬼スラやグランド・ジョラス等、極端に難しい山に挑戦し続けるのかといった根本的な謎が解明されていく。

それほど売れていない平凡なカメラマンである深町の視線を通じて天才クライマー羽生丈二を追いかけていくドラマである。

羽生丈二は何を見つめていたのでしょうか?

彼が誰かを信じることを自分に許すためには、自分の中に確固たる自信を持つ必要があり、それを持つためにはまだ誰も達成できたことがない、最高峰のサガルマータに無酸素単独登頂をする必要があったのだと思います。

彼は世の中の誰のことも信じていません。また登山とは縁がないという方でも実際に登山をしたかのような手ごたえと持てる、そんなお勧めの一冊です。

そして、まるで自分自身が羽生丈二と共にサガルマータの人を寄せ付けない自然にそれでも立ち向かっているような緊迫感です。

物語には、マロリーのカメラの謎、それを巡る人々のエピソードが織り込まれていますが、全編を通じて押し寄せてくるのは、羽生丈二の痛いまでの自分を追い詰める姿です。山の小説は心の苦悩を描く。

本書を書き始めるまでに、実際にこの6度もヒマラヤを踏んだという作者が描く山の描写の迫力はすごく、実際に登山を経験したことがないのに、まるで羽生とともに厳冬の人を寄せ付けないエベレストに登り、マイナス40度の寒さの中で氷壁にしがみつく場面では指が凍えてくるのを感じ、高山病で幻聴を聞いたような気がしました。

あてにもしていません。実際に登山をされる方にもかなり読み応えがあると思います。たぶん何よりも自分のことを信頼していないのだと思います。

その中でもこの本の主人公羽生丈二の苦悩はすさまじいものがあります。いつもそう思いながら読んでいます。